Womanワークワーク

自分の才能にあった仕事を見つけること

私はベビーラッシュ時に生まれ、バブルの終わりに職に就きました。あの頃は一人に内定が10~100はあって、どの仕事でも自由に選び放題でした。しかし、その分気分も適当に入りまた他にいくらでもある、と思えることから転職を簡単にしてしまう気持ちが普通にありました。

 

その後、すぐに不景気はやってきました。3歳下の弟の時代になると就職率はグンと下がり、何でもいいから仕事にさえ就けたら、という…今も続く氷河期の始まりでした。その頃は絵描きになる夢を持っていてそれを追っていたため氷河期の中にあっても、まだたくさん募集のあったバイトで生活を担っていました。将来の保障や税金のことなど頭にはまったくありませんでした。

 

そうして20歳の時。私は阪神大震災に出遭いました。家はかろうじて助かり家族も友人も皆無事でしたが、親のお店が半壊になり、街も崩壊しており、自営業は赤字運営のままうまく回らなくなりました。誰もが仕事がなくお金がなく、その日の暮らしに苦しみ、明日をどうやって生き抜くか必死でした。そんな中、色々な人生を歩む人たちと交流し、私の中に生涯できる仕事を持った方がいいなという思いが芽生えました。生涯自分ができる仕事はなんだろう?

 

そう思った時に「ああ、そうか。好きだけで選ぶのではなく、仕事として続けられる自分にできる職種を探してみよう」と調べだし、見つけ出したのが絵描きに通じる仕事のデザイナーでした。しかし、この時点で私は既に26歳になっていました。手に職、とするには女性でもあるし遅いスタートです。同じ面接へ行っても過去に業績のある人が選ばれる。即戦力が選らばれる実力主義の世界。それがデザイン業務です。私はそれでも、その中に飛び込みました。

 

まずは、素人なので社員は無理です。ですので未経験者歓迎のバイトから入り実績を積もう、と考えました。

 

その頃、アフィリエイトというバナー広告の商売が流行っていました。更には携帯向けサイトが人気を得始めた頃でした。今では馴染みのあるWEBデザイナーというのも、この頃生まれました。そうした時代の流れもあり、IT関係のデザイナーへの道へいい波に乗って入り込むことができました。

 

そこで得たスキルは大変高いもので、私はそのスキルをもって転職を繰り返し実務経験を積み重ね、最終的には大手企業のWEB企画からディレクション、デザインも手がける地位へと登りつめヘッドハンティングされるまでに至りました。

 

がむしゃらに頑張って専門知識を身につけ日々仕事ばかり追いかけて生活していましたが、自分にとってそれは適職であったようで、どんなに大変になっても、上司に叱られても、企画を蹴飛ばされても、翌日には会社に行きたくて仕方がありませんでした。

 

それまで色んな仕事をしてきましたが、どれもある程度やると嫌気がさしていました。そんな経験から、人と言うのは適職に出会えるとこんなにも苦痛なく前を向いて仕事できるんだ、ということを学びました。

 

現在は結婚し2児の母をしていますが、このデザインの仕事は在宅でも可能です。現在の生活において、本当に手に職をつけていてよかった、と思う毎日です。